シンポジウム②「ハイパフォーマンススポーツ×ハイパフォーマンススポーツ」

シンポジウム②では、ラグビー・自転車・パラ陸上競技における競技特性に応じたトータルコンディショニングの取り組みについて共有されました。 
各競技における取り組みの紹介とパネルディスカッションを通じて、短期・中期・長期の計画のもとシステム化された支援による戦略的なコンディショニングの重要性や、関係者間における密なコミュニケーションが必須であること、それを実現させる工夫(共通目標の設定、情報の可視化、有効なツールの活用など)やジェネラリストの必要性についても言及されました。

イントロダクション

清水 和弘 
HPSC/JISSスポーツ科学研究部門 副主任研究員

清水

HPSCが提唱する「アスリートにおけるトータルコンディショニング」の考え方や概念を紹介しました。「アスリートにおけるトータルコンディショニング」とは、「アスリートの効果的なコンディショニングのために各エクスパートが協力・協調して連携を組み包括的な活動を行うこと」で、その実践には、パフォーマンスファーストやジェネラリスト(トータルコンディショニングを中心的に推進する人材)といったキーワードが重要であることが示されました。

話題提供
勝つための準備をデザインする

永友 洋司 
公益財団法人日本ラグビーフットボール協会 代表強化部 15人制男子日本代表チームディレクター

永友

ハイパフォーマンスディレクターを「専門家をつなぐ設計士」と表現し、勝つための準備の三本柱として「年間プランニング」「情報の可視化」「状態管理」の具体的事例を紹介。ヘッドコーチや選手、所属チーム等、様々な専門家との連携が重要であることが示されました。一方で「セルフコンディショニングのできる選手」を増やすことを目指し、「選手が自立して準備できる文化と環境をデザインすること」がハイパフォーマンスディレクターの最終的な役割であると述べられました。

話題提供
From Fragmentation to Integration:
How Total Conditioning Elevated Japan to the Top of World Track Cycling

ミゲル・トーレス 
公益財団法人日本自転車競技連盟 ハイパフォーマンスセンターオブジャパンサイクリング(HPCJC)ディレクター

ミゲル

英語で行われた本講演でも「Total Conditioning」を共通言語とし、課題解決のための考え方を解説。自転車競技における、選手と機材を一体化してとらえた研究開発(Rider–Equipment Aero System)の重要性を事例として紹介し、各分野が個々に行ってきたサポートをパフォーマンスファーストの視点によって融合させる取り組みが日本チームの競技力を躍進させたことが示されました。個々の才能よりもシステムが重要であるとし、他競技での応用にもつながる普遍的なヒントとなりました。

話題提供
トータルコンディショニングのための知見共有
「ハイパフォーマンススポーツ×ハイパフォーマンススポーツ」~パラ陸上競技の例~

平松 竜司 
一般社団法人日本パラ陸上競技連盟 ハイパフォーマンスディレクター/東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授

平松

障害や種目が多様であるパラ陸上競技ではどのようなコンディショニングを行っているか、パリ2024パラリンピックでの事例を紹介。障害、種目が多様なため、事前準備が重要であることや、チームサイズが大きいことから限られたリソースの中で対応の優先順位を明確にする必要性があることなどが述べられました。さらに、パラ競技の多様性に対して各々が意識を持ち実行力を高めることが課題であるとし、様々なコンディショニングの知見を蓄積して共有するためのデータベースの構築や、パスウェイに応じたアスリートリテラシー教育に関する取り組みなどが紹介されました。

パネルディスカッション

その後のパネルディスカッションでは、関係者間における密なコミュニケーションが必須であること、それを実現させる工夫(共通目標の設定、情報の可視化、有効なツールの活用など)などについて議論されました。

科学的アプローチは、どのように競技現場に根付いたのか

尾崎
ラグビー界では比較的早い段階からデータ活用が進んできた印象があります。こうした取り組みは、どのような背景で定着していったのでしょうか。
永友
1995年のワールドカップ後にラグビー界はプロ化に舵を切り、そこから一気に加速しました。2000年代に入ってGPSが導入され、選手の走行距離だったり、衝突の強度だったり、そういったものが数字で見えるようになりました。
私が現役だった頃は顔で判断されていました。疲れた顔をしていると、監督が「ああ、お前ら疲れてるな」と言って、そこで練習が終わる。でも、GPSが入ってきたことで、数字に全部出てしまう。そこから、トレーニングをコントロールするという考え方が、すごく広がっていったと思います。
2010年以降はスタッフがどんどん増えていき、ユニットコーチに加え、コンディショニングの分野でも、いろいろな専門の人たちが入ってくるようになりました。体制が整ってきたことで、ようやくトータルコンディショニングの時代に入ってきたのではないかと思っています。

国際基準との違いは、どこにあったのか

尾崎
ミゲルさんは国際的な経験をお持ちですが、日本に来られた当初、どのような点に難しさがありましたか。
ミゲル
まず直面したのは、言語の壁でした。日本に来た当時は日本語ができず、英語を使っても、自分の考えを十分に伝えることができませんでした。
また当時、ヨーロッパでは自転車競技は非常に盛んなスポーツで、科学的根拠に基づいたアプローチも一般的でした。一方、日本では、自転車競技の専門家自体が少なく、科学的根拠を重視する方も多くはありませんでした。
尾崎
ハイパフォーマンスサイクリングセンターは、国際的な基準と比べるといかがですか?
ミゲル
海外の施設に比べると、まだ改善の余地はあると感じています。一方で、アスリートを支える人材は着実に育ってきており、世界のトップレベルにかなり近づいてきていると感じています。

パラ競技におけるコンディショニングの前提条件

尾崎
平松先生、パラ競技ではコンディショニングを考える上で、どのような課題がありますか。
平松
障がいに対して、医学的にどう治療・対応するかという情報自体は、非常に多くある一方で、パラの選手のように生活が成り立った上でスポーツをする場合に、どんなケア・配慮が必要なのかという情報は、十分には蓄積されておりません。
そのため、経験則で動かざるをえないので、科学的に対応していくためには、まずは情報を集めることが非常に重要だと思っています。
栄養や睡眠といった、日々の基本的なコンディショニングはやはり重要ですが、そこは同じ人間ですので、パラの選手であっても違いはほとんどないと思います。

才能ではなく、システムで支えるという考え方

永友
ミゲルさんに質問です。我々ラグビー界でも、持って生まれた才能はすごく大事だと考えていますが、先ほどの基調講演の中で「才能よりもシステムが大事だ」というコメントをされていました。どういう意味なのか、ぜひ伺いたいです。
ミゲル
リオ大会の前は、誰が才能を持っているか、誰がオリンピックで成果を出せるか、という考え方が強くありました。でも重要なのは、その才能が発揮できるように、システムとして選手に対して解決策やサポートを提供できることだと思っています。
それぞれの人はもちろん重要ですが、一人が機能できなくなっても、代わりにできる人がいて、課題に直面しても、解決策が用意されている。一人ひとりの役割よりも、システム全体が大事だと思います。
尾崎
ミゲルさんのお話は、代えがたい人材がいなくなった時に、いかにインパクトを小さくするか。その視点でシステムが大事だ、というふうに聞かせていただきました。
ミゲルさんの方から質問はありますか?
ミゲル
ラグビーでは、選手が様々な場所にいますが、目標はどのように合わせているのでしょうか。
永友
代表活動が終わると、選手はそれぞれのチームに戻っていきますので、NFとチームがどれだけコミュニケーションを取れるかが重要になります。
特に、選手のコンディショニングを把握するうえで、どこまでデータを共有できるか、そのデータベースをどう蓄積していくか。
そこは少しずつですが改善されてきていて、昨シーズンからは、いい形で連携が取れるようになってきたと感じています。

コミュニケーションを、どう運用に落とすか

平松
お二人に質問させていただきます。今回のお話の中で、フェイストゥフェイスのコミュニケーションの重要性が出てきましたが、実際にやるのは難しい部分も多いと思います。
システムを作るうえでも、コンディショニングを考えるうえでも、コミュニケーションについて、工夫されている点や意識されている点はありますか。
永友
私の失敗として、気づいた時に声をかけるやり方だと、相手の都合もあって、うまくいかないことがあり定例にしました。この時間は必ず話す、という形です。朝の10分間とか、水曜日の何時とか、時間を決めて、スタッフも選手も、その時間を確保することで、コミュニケーションが機能するようになりました。
ミゲル
私の場合は、みんなが理解できるような明確な目標を設定することから始めました。
そのために、まずヘッドコーチとコミュニケーションを取り、その上で定例を行い、マネジメント、メカニック、科学の専門家など、それぞれとコミュニケーションを取るようにしました。また、チャットツールを使ってグループを作り、多くの情報を共有することで、自分に必要な情報を得られるようになりました。
日常的な対話に加えて、廊下で会った時の会話や、直接話すことも大切にしています。コミュニケーションはいくつかのレイヤーで行う。それが私のアプローチです。

それぞれの立場から見えた共通点

尾崎
では最後に、私たちに期待することがあれば、研究の観点も含めて一言ずつ伺えればと思います。
永友
情報の共有というのが今後ますます大事になってくるかなと思っています。先ほどのお話を聞いて、システムやアプリなどを有効活用していらっしゃるなと思いました。
ラグビーは複雑なスポーツなので、そういったものがあると、ますます日本ラグビー界が前進できるかなと感じています。
ミゲル
科学やハイパフォーマンス、特に自転車競技に興味のある方には、ぜひ私たちの環境を見に来ていただきたいです。
情報を共有し、ハイパフォーマンスディレクターも含めて、専門的な知見や課題を一緒に共有しながら、解決策を考えていければと思います。
平松
やはりサイエンスは、客観的にどうジャッジし、ディシジョンを作るのかという点で、非常に重要だと思っています。そこから生まれる新たな知見や研究が、トータルコンディショニングやパフォーマンスの向上につながっていくのではないでしょうか。
研究が大きく前進するきっかけとして、全く異なる新しい分野や考え方が入ってくることは、とても重要だと感じています。これまでスポーツ科学の分野で専門的に取り組んできた方々の深い知見をさらに発展させていくことも大切ですし、それに加えて他分野の方々にも関わっていただきながら、スポーツというフィールドがさらに発展していくことを期待しています。
尾崎
ラグビー・自転車・パラ競技と、全く異なる要素の競技ですけども、コンディショニングを整えていこうという試みについては、非常に多くの共通点がありました。
最終的にはセルフコンディショニングというゴールは共通していて、様々な分野の関わりの中でどうディシジョンメイキングしていくかが重要だというお話は共通していたかなと思います。
本日はどうもありがとうございました。

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