シンポジウム①「ハイパフォーマンススポーツ×宇宙」

シンポジウム①では、有人宇宙活動とハイパフォーマンススポーツにおけるトータルコンディショニングや多職種連携に関する研究成果、実践例等を共有し、今後の連携可能性や相互補完できる知見について探索・検討されました。
久木留HPSC長によるイントロダクション、室伏 広治氏による基調講演および、宇宙分野のエクスパートによる招待講演に続き、HPSCからは国際総合競技大会におけるトータルコンディショニングサポートの事例が紹介されました。
さらにパネルディスカッションでは、「スポーツ×宇宙」という分野横断の協働がもたらす未来像や可能性について活発な議論が行われました。

イントロダクション

久木留 毅
HPSC長/JISS所長

久木留

シンポジウムの導入として、HPSCが提唱するトータルコンディショニングの考え方を紹介し、トップアスリートと宇宙飛行士の違いや「パフォーマンス」の捉え方の違いについて情報提供し、議論の出発点を提示しました。

基調講演
スポーツを通じて社会と世界の「善き未来」を想像する

室伏 広治
東京科学大学教授・副学長(スポーツ科学担当)

室伏

国際的な視点も交えながら最新のスポーツに関する研究の取り組み、さらにスポーツ庁を中心とした「スポーツ×宇宙」の最新の検討状況についても紹介されました。
「一器多様」や「パラスポーツと宇宙の可能性」など、分野を横断した科学の取り組みが地上の既存の常識を打ち破り、新たなスポーツの価値を見出す可能性について語られました。

招待講演①
宇宙飛行士の健康を支えるJAXA医学運用チームとその取り組みについて
~各分野エキスパート間の連携とフライトサージャンの役割~

速水 聰
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙飛行士運用技術ユニット 宇宙飛行士健康管理グループ主任医長/フライトサージャン

速水

HPSCが提唱する「アスリートにおけるトータルコンディショニング」の概念を踏まえ、フライトサージャンの視点から、アスリートと宇宙飛行士のパフォーマンスを最大化する多職種協働の在り方について自身の経験を踏まえた考え方を紹介。
その中で、宇宙医学運用における『「ミッション完遂のための」コンディショニング』とアスリートにおける『「勝つための」コンディショニング』について、また『アストロノート(宇宙飛行士)に求められる8つの特性』と『インテリジェント・アスリートが備えるべき3つの力』についてなどを対比させる形で、両者の共通点・相違点が示されました。
「アスリートのためのトータルコンディショニングガイドライン」第1章2アスリートが備えるべきセルフコンディショニングの力

招待講演②
有人宇宙飛行におけるメンタルヘルスの研究

笹原 信一朗
筑波大学医学医療系 生命医科学域 産業精神医学・宇宙医学 教授

笹原

有人宇宙飛行に関連した心理社会的ストレスに関する先行研究において、閉鎖環境により生じる対人緊張に対して怒りの感情を外部要員に向けてぶつける現象(置換、スケープゴート)が認められることに注目。
さらに、宇宙飛行士自らの体験を分析した研究も例に挙げ、ストレス対処力として首尾一貫感覚(Sense of Coherence(SOC))の概念について紹介されました。
また、ハイパフォーマンススポーツと有人宇宙飛行の共通点として極限環境下での人間関係のマネジメントが重要である可能性が示唆されました。

話題提供
国際総合競技大会におけるトータルコンディショニング

半谷 美夏
HPSC/JISSスポーツ医学研究部門 主幹・主任研究員

半谷

パリ2024大会を例に、国際競技大会におけるトータルコンディショニングサポートの事例を紹介。
有人宇宙飛行との比較の中で、自身の経験を踏まえ、国際総合競技大会を「半閉鎖空間」と位置付け、トップアスリートによる競技会での最高のパフォーマンス発揮を支援するトータルコンディショニングサポートには、普段からのサポート活動に基づく同職種連携と多職種連携が共に重要であるとの考えを紹介しました。

パネルディスカッション

その後のパネルディスカッションでは、「スポーツ×宇宙」という分野横断の協働がもたらす未来像や可能性について活発な議論が行われました。

コンディション情報を循環させるチームのあり方

久木留
現役時代にコーチやトレーナーなどサポートスタッフと共に競技に臨まれていたと思いますが、こうしたチームを組む上で大事なことは何だとお考えでしょうか。
室伏
私が競技者として活動していた2000年代、ヨーロッパを遠征していると、他競技の選手たちはコーチとは別にフィジオが帯同していました。
フィジオは事前に身体の状態を把握し、コーチに伝える。
その情報をもとに、コーチが練習内容や強度を調整し、 トレーニングを組み立てていく。
非常に理にかなった形だと感じました。
一方で、競技者自身も、言われたことをただやるだけではなく、 理解した上で実行する必要があります。
自分が何をしているのかを把握し、 サポートスタッフと共通の言葉でコミュニケーションを取れること、 その能力を持つことも重要だと思います。

※運動療法を通じて選手の怪我の治療・リハビリ、パフォーマンス向上、コンディショニングを行う専門家

共通の言葉の重要性

久木留
いま「共通の言葉」という話が出ました。
チームを組むうえで、この共通の言葉の重要性について、どのように考えて取り組んでいるのか、他の皆様にもお伺いしたいです。
速水
私もJAXAに入職する前、在宅医療に携わっていた頃から、共通の言語を使うことの重要性を実感してきました。
在宅医療では、患者さんやケアマネージャーに医療の内容をそれなりに理解してもらわなければ、より良いケアは成り立ちません。
しかし専門用語をそのまま使っても、伝わらないことがほとんどでした。
だからこそ、言葉を噛み砕き、こちらから歩み寄ることが不可欠だったのです。
フライトサージャンとして宇宙飛行士を支える立場になってからも、この考え方は非常に重要な要素であり、より一層大切にしています。

※宇宙飛行士やパイロットの健康管理を専門とする医師
半谷
普段、選手の診察をしている場面では、結果を細かく説明すれば理解してもらえるだろうと思って話をしてしまいます。
しかし、実際には一通り説明したあとで「どういうことですか?」と聞かれることも少なくありません。
本当に必要な部分を取捨選択して伝えることを日々意識しています。
笹原
人間関係における共通の言葉という視点で見ると、同じ目標があることや、共通の相手がいることで、人はまとまりやすくなります。
一方で、人間である以上、好き嫌いといった感情が生まれることも避けられません。
そうした感情があることを前提とすることもチームを組む上では重要なのではないかと思いました。

多職種協働をどう機能させるか

久木留
多職種が連携・協働していく際に、大切になるポイントについてお聞かせいただけますか。
室伏
少し極論かもしれませんが、ディレクターや部門長といった立場をいったん取り外して、人と人としてきちんとコミュニケーションが取れているかどうか。
そのことのほうが、テクニカルな話が通じるかどうか以上に、重要なのではないかと感じています。
速水
私も室伏先生のお話には非常に共感しています。 職種対職種として関わるのではなく人として向き合うことも常に意識しています。 ただ、どうしても職種としての関係性を外せない場面はあります。 そのような場合には、システムでどうカバーするかという視点が重要だと考えています。
例えばNASAでは、「トランスレーショナルサイエンティスト」という各職種の間を橋渡しする役割が、システムとして設けられています。 こうしたポジションを設ければすべてが解決するわけではありませんが、全体の調整の重要性をNASAが明確に位置づけている点は、学ぶところが大きいと感じています。
久木留
対立するのではなく、互いに補完し合っていく。その間をつなぐ人が重要ということですね
笹原
多職種連携の経験からすると、同じものを見ていても、どこに注目するかは人それぞれ違います。
ですので、同じ目標などの共通認識があれば、意見が違ってもよいのではないかと思います
半谷
私は現在、スポーツの現場で医師として働いていますが、以前一般病棟で働いていた頃と比べると、選手や研究員など一人ひとりとの距離が近く、顔を合わせて話せる機会が多い点は、大きな違いだと感じています。
まずは「この人は何をしている人なのか」を知っていくことが、多職種連携につながっていくのではないかと思います。

チームに必要な「つなぐ人」とは何か

久木留
新しくチームを組む場合や、今のチームの中で、こんなスタッフがいたらいい、こういう人に来てもらいたい、といったイメージはありますか。
室伏
最近では、URA(ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレーター)のように、専門家同士をつなぐ役割の重要性が求められていると感じています。
物事全体を俯瞰し、マネジメントできる方は、今後ますます必要になってくるのではないでしょうか。
速水
ISS※1における長期滞在有人ミッションを見据えると、精神・心理面の予防的なケアに関わるスタッフにも関心があります。
予防的に精神面のケアを行うことで、ミッションの達成につながり易くなり、結果としてハイパフォーマンスが発揮されるのではないかと思います。
また、半谷先生の基調講演にも出てきたウェルフェアオフィサー※2にも興味があります。
今後の有人宇宙開発にとっても意味のあるポジションになり得るのではないかと感じました。

※1 International Space Station:国際宇宙ステーション
※2 オリンピックや国際大会などのハイパフォーマンス環境において、選手・関係者の「安全・人権・心理的福祉」を守る専門的な役割を担う担当者
笹原
意見が似ている人同士で構成したチームよりも、あえて意見が合わない人を混ぜたチームのほうが、高いパフォーマンスを示したというデータがあります。気の合う人同士のチームは意思決定が早い一方で、視点が偏りやすい。
意見が合わないチームでは議論が増えますが、その分、結果としてより本質に近づきやすい。 多職種連携においても、異なる視点を持つ人がいることで、パフォーマンスが上がる場合があるのではないかと思いました。

共通の言葉を、どうチームに浸透させるか

久木留
共通の言葉をチーム内に展開・浸透させていくには、どのようなポイントがあるとお考えでしょうか。
半谷
結局は話すしかないのかなと思っています。
効率的とは言えないかもしれませんが、最終的にはそれが一番の近道なのではないでしょうか。
笹原
何か問題が起きると、「どこが悪いのか」「誰の責任なのか」と原因や責任に目が向きがちですが、「どうすればもっと良くなるのか」という方向に目を向けて意見を出し合っていくほうが、うまくいくのではないかと感じています。
速水
明確な正解があるわけではありませんが、私自身が意識しているのは、まず自分が行動することです。
ISSの運用や宇宙飛行士の支援では、時間も人も限られていて、「誰かがやるだろう」と待っている余裕はありません。その中で、一人ひとりが自分から動く。
その感覚をチーム内で共有できていると、結果的にうまくいくことが多いと、私自身は感じています。
室伏
目線が合っているかどうかが大事だと思います。 同じ職種でも意見が合わないことはありますし、前提条件に近づけるためには、初めて話す相手や初心者の方に説明するつもりで話すことが必要だと感じています。
私自身、ハンマー投げという競技があまり知られていない中で競技を続けてきたので、説明しなければ伝わらないという経験を多くしてきました。
そうした経験が、きちんと説明する意識につながっているのかもしれません。
久木留
ぜひ今後も、先生方からさまざまなご意見をいただきながら、トータルコンディショニングについて考えを深めていければと思います。
本日はありがとうございました。

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