アスリートにおけるトータルコンディショニングに関するポジションペーパー

令和8年1月16日 
独立行政法人日本スポーツ振興センター
ハイパフォーマンススポーツセンター

本稿は、ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)が提唱する「アスリートにおけるトータルコンディショニング」の概念と、その推進方針を示すものである。

1.    背景
近年、世界最高水準のアスリートによるパフォーマンス(ハイパフォーマンス注1))は、高速化・高度化の一途をたどり、社会情勢や環境変化、災害、パンデミック等、ハイパフォーマンススポーツ注2)を取り巻くさまざまな状況に対応して勝つためのあらゆる準備が求められている。アスリートがパフォーマンスを最大限に発揮するためには、体力や心理、技術のみならず、それらに影響を及ぼす医療や栄養、用具、スケジュール、戦略・戦術等の多岐に渡る要因が相互に作用しており、これらを統合的に整える必要がある。したがって、多角的な視点をもって現在のコンディション注3)を的確に把握し、目標とするコンディションとの差を最小化することが不可欠である。
 本稿では、「アスリートにおけるコンディショニング注4)」を「アスリートのハイパフォーマンス発揮に必要なすべての要因を、ある目的に向けて望ましい状態に整えること」と定義する1)。この定義を前提としつつ、関係者の間で理解や運用が異なる現状を踏まえ、議論を進めていく。
競技現場では、コーチ、医師、トレーナー、セラピスト、栄養士、心理専門家、科学者等、さまざまなエクスパート(専門家)がアスリートを支えている。ハイパフォーマンススポーツでは、こうした複数の関係者が多様な要因に関与して連携するため、各エクスパートが一つのチームとして機能するよう取りまとめる人材が必要である。また、コンディショニングは一時的な調整にとどまらず、中長期的な計画のもとでの体系的な取組みが求められる。

2.    アスリートにおけるトータルコンディショニングの概念
「アスリートにおけるトータルコンディショニング」とは「アスリートの効果的なコンディショニングのために各エクスパートが協力・協調して連携を組み包括的な活動を行うこと」と定義する1)。エクスパートによるチームで共通の目的を定め、それぞれの専門性や考え方、活動を理解した上で調整し、分野を融合させた包括的な活動を行うことが重要となる。

3.    HPSCの立場と推進方針
HPSCは「パフォーマンスファースト注5)」の視点を掲げ、トータルコンディショニングを推進する。アスリートのパフォーマンスに焦点を当てた課題に対して共通の目的を定め、これに寄与するあらゆる側面を統合的に考慮する。HPSC内外のエクスパート、部署や事業、国内外の関係諸機関、団体等との連携により、研究・支援の一体化と高度化、人材育成を図り、国際競技力向上に資するトータルコンディショニングを推進する。

4.    トータルコンディショニングの実施
(1) エクスパートチームによる包括的な活動
トータルコンディショニングでは、専門分野に関する高度な知識や技術、技能をもつエクスパートがチームを組み、包括的な活動を行う。そこでは、①多角的なアセスメントの実施と課題抽出、②抽出された課題に応じた共通の目的・目標の設定、③課題や状況に応じた柔軟な支援体制の構築、④課題解決に必要な複数の異なる分野が関わる分野融合型支援プランの作成・実行、⑤定期的なモニタリングとその結果に応じたプランの改善といった一連の取組みがなされ、各過程において情報共有と密なコミュニケーションを通して合意形成を図ることが必要である。そのためには支援の枠組み、専門知識や技能、役割分担を明確に整理し、円滑なコミュニケーションや情報共有の基盤を確立しておくことが重要である。

(2) 他分野への理解
トータルコンディショニングでは、共通の目的を定め、各分野のエクスパートが連携して活動する。その際、他分野への一定の理解を持つことが前提となる。連携は重要であるが、すべての課題に全員が関与する必要はない。状況に応じて、「必要な関与」を判断し、競技種目やチーム、アスリートの状況に応じて柔軟に対応する。

(3) トータルコンディショニングを中心的に推進する人材(ジェネラリスト)
競技現場ではトータルコンディショニングを中心的に推進する人材としてジェネラリストの存在が不可欠になっている。ジェネラリストはパフォーマンスファーストの視点から、共通の目的の下でエクスパート間の連携をマネジメントする。そのため、ジェネラリストには、幅広い分野の知識、リーダーシップ、良好な関係構築能力が求められる。エクスパートが一つのチームとして情報共有し、戦略立案や意思決定をともに行う体制が理想である。競技やチームによっては、トレーナー、医師、医・科学的知見を持つコーチ等がジェネラリストの役割を担う場合もある。

(4) セルフコンディショニング
トータルコンディショニングにおいて非常に重要なことは、アスリート自身がコンディショニングに関する知識や技能を備え、主体的に実践・継続できることである(セルフコンディショニング)。アスリートは幅広い視点を持って自らの現状を把握し、目標達成のために必要な要素(各専門分野に関する知識・技術等)と利用可能な資源(各エクスパート、情報、ツール等)を組み合わせて課題を解決へ導き、行動を改善し続ける能力を備えることが望ましい。このように、コーチに頼るだけでなく常に自分で考え、状況に応じて最適な行動を選択・実行してパフォーマンスと自身の成長のために行動を改善し続ける力を備えたアスリートを「インテリジェント・アスリート」とよぶ1)。エクスパートは、こうしたセルフコンディショニングの能力向上を支援することが求められる。

5.    今後の展望
HPSCは、トータルコンディショニングが競技現場の共通概念として定着し、広く活用されるよう推進する。さらに、トータルコンディショニングの実践知を集約・体系化し、その成果を競技現場へ還元することで、持続可能な国際競技力向上につなげていく。一方、現代社会では環境・社会・経済の変化が著しく、コンディショニングの考え方(パフォーマンス発揮に必要なすべての要因を、ある目的に向けて望ましい状態に整える)はハイパフォーマンススポーツ領域にとどまらず、ライフパフォーマンス注6)領域にも適用できる。トータルコンディショニングの普及と活用は、今後のハイパフォーマンススポーツのみならず、社会全体にも大きな影響を及ぼす可能性がある。

注釈
注1ハイパフォーマンスとは、世界一を競い合うレベルのアスリートが発揮する高度で卓越したパフォーマンスを指す。
注2ハイパフォーマンススポーツとは、世界一を競い合うアスリートが、高度で卓越したパフォーマンスを発揮するスポーツをいう。
注3コンディションとは、状態や調子、条件、状況を指す。
注4「コンディショニング」という言葉は広く用いられているが、専門分野や立場により捉え方や解釈が異なる。その一因として、各エクスパート(専門家)の役割や調整手段が異なることが挙げられる。しかし、パフォーマンスの維持や向上を目的として、関連する要因の状態を把握し、望ましい状態に整えるということは共通する。本稿では「コンディショニング」を広義に用いることとする。
注5「パフォーマンスファースト」とは、各エクスパートがアスリートの発揮するパフォーマンスの最大化に特化して議論・対応を行う、考え方を指す。
注6国民が自身のウェルビーイングを維持するパフォーマンスを「ライフパフォーマンス」とよぶ1)。ハイパフォーマンススポーツで得られた知見をライフパフォーマンスの維持・向上のために応用して実践されると日常生活における課題や困難への対処、生活の質の向上、健康保持・増進等に寄与し得る。課題に応じた適正なコンディショニングの手法を身につけた子どもは将来、効果的なコンディショニングが行えるアスリートになる可能性がある。さらにアスリートにおいてはハイパフォーマンス発揮の基盤となるライフパフォーマンスの向上はハイパフォーマンスの向上にもつながる可能性がある。このようにハイパフォーマンスおよびライフパフォーマンスを高めていくことは持続可能な国際競技力向上に資する取組みであると考えられる。

文献
1独立行政法人日本スポーツ振興センターハイパフォーマンススポーツセンター.アスリートのためのトータルコンディショニングガイドライン,独立行政法人日本スポーツ振興センターハイパフォーマンススポーツセンター,2023.

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